あしたの結び目FICTIONAL STORY

PARENT TO CHILD / FICTIONAL PORTRAIT

あしたの
結び目

あなたがまだ、小さな手で
わたしの指を握っていたころ。

FICTIONAL STORYStory Portraitの形を伝えるために構成した架空作品です。 実在のご家族の記録ではありません。
赤ちゃんの小さな手が親の指を握っている
0あなたが覚えていない、わたしたちの始まり。

A WEIGHT THE BODY REMEMBERS

あなたの最初の重さを、
腕がまだ覚えている。

生後四か月、八月の夜。午前二時を少し過ぎたころ。 洗ったばかりの黄色いガーゼに替えると、 あなたの右手が、いつもの角を二度探した。

手の中へ戻すと、そのまま目を閉じた。 寝ついたら指を抜くつもりだったけれど、 わたしは椅子に座ったまま、もう二十分待った。

してあげたことは忘れても、
手のほうが先に覚えている。

SMALL GESTURES / AGE TWO — FIVE

そのうち、その手は
ものを選ぶようになった。

木のテーブルに置かれた青いコップ、短い色鉛筆、黄色いガーゼと子どもの手
台所 / 青いコップ

三歳の冬、朝の台所。わたしが取っ手を右へ向けると、 あなたはコップを半回転させ、取っ手を奥にして両手で包んだ。 「こぼすよ」と言いかけて、布巾だけを手元へ寄せた。 飲み終わった縁には、小さな歯形が二つ残っていた。

木の床に置かれた赤い子ども用の長靴と、中に入った小石
玄関 / 赤い長靴

四歳の六月。濡れた長靴を玄関で逆さにすると、 左からだけ丸い小石が落ちた。捨てようと拾い上げると、 あなたは何も言わず、手のひらを開いた。 わたしは小石をそこへ戻し、なぜ左だけなのかは聞かなかった。

年長の十一月。園で何があったのか聞くと、
返事より先に、左のかかとが椅子の横木を三度こすった。
もう一度質問しかけて、味噌汁の椀を置いた。
あなたは箸をそろえ、それから、自分の順番で話し始めた。

新しいランドセルを背負い、明るい玄関の外を見ている子どもの後ろ姿

THE NIGHT BEFORE / AT THE THRESHOLD

明日の靴は、
もう玄関にある。

入学説明会の帰り、簡単に留められる靴をすすめた。 あなたは、白い紐靴を棚へ戻さなかった。 三晩、わたしが結ぶ手元を見ていた。 教えているつもりで、見られていることには気づかなかった。

入学前夜、子どもが自分の白い靴のひもを結び、隣に親の靴が並んでいる

ONE STEP EARLIER

午後八時四十分。鉛筆とハンカチを鞄へ戻し、白い靴をそろえた。
右の紐が少し長く、いつものように手を伸ばした。
あなたの指のほうが先に紐をつまんだ。 一度目の輪はほどけた。「まだ固いから」と言いかけて、 伸ばした手を膝へ戻した。二度目の輪は、ほどけなかった。 あなたは結び目を見たまま言った。

「もう、むすべるよ。」

AFTERGLOW

その夜、玄関には、
結び目がふたつ並んでいた。